50歳半ば。。。定年というゴールがうっすらと、でも確実に見えてくる年齢です。 外資系3社を含む計5回の転職を経験し、2人の娘を育て上げ、現在は日本にいながら海外組織に所属して働く日々。
端から見れば「安定したキャリア」に見えたかもしれません。 でも、私の心の中は、シンガポール拠点の上司による理不尽な言動や、拠点間の隔たりによるフラストレーションで、ハッピーに働けない環境でした。

「このまま定年まで、カウントダウンするだけでいいのかな?っていろいろと考えました。」
今日は、そんな私が54歳にして、あえて未知の領域へ異動したリアルな体験をお話しします。
一度は断った「挑戦」の切符
ある日、別の部門から「うちの部門にこない?」と声をかけていただきました。
正直、迷いました。その部門の仕事の大変さは痛いほどわかっています。「この歳で、またゼロから新しい環境に馴染めるだろうか」「今の場所で波風立てずに定年までやり過ごすのが正解じゃないか」。
そう思って、一度はそのお話を丁寧にお断りしたのです。
理不尽が教えてくれた「ここじゃない」というサイン
しかし、断った直後に決定的な出来事が起きました。 直属の上司から、あまりにも理不尽な言いがかりをつけられたのです。
その時、私の中で何かが弾けました。 「ああ、これは『もうここに居るな』って言ってるんだな」と。
皮肉なことに、上司からの理不尽な攻撃が、私の背中を強烈に押し出しました。 「大丈夫、私はやっていける」。そう確信して、私は異動の決断を伝えました。
キャリア理論が教えてくれた「転機」の正体
この決断を支えてくれたのは、先日合格したばかりの「国家資格キャリアコンサルタント」の学びでした。
今回の私のケースは、2つのキャリア理論で説明がつきます。
1. プランド・ハップンスタンス(計画的偶発性)
クランボルツ教授の理論では、「予期せぬ出来事をチャンスに変える」ことがキャリアの8割を決めると言います。 上司の理不尽な振る舞いは、一見「最悪な出来事」です。でも、それを「転機」と捉えて行動したことで、私は新しい扉を開くことができました。
2. トランジション(転機のプロセス)
ウィリアム・ブリッジズは、転機は「何かを終わらせること」から始まると言いました。 私は「海外組織で踏ん張る自分」を一度終わらせました。その後の葛藤(中立圏)は苦しかったけれど、だからこそ、今の新しい自分(日本組織でのPM)を快く迎え入れることができたのです。
54歳からの再出発。2ヶ月経った今、思うこと
異動して2ヶ月。 今の私は、日本の組織に所属し、日本人上司のもとでPMとして働いています。
文化の壁や拠点の力関係に疲弊していた日々が嘘のように、今は心理的な安全性を感じながら、自分のスキルを現場に還元できています。54歳での挑戦。不安もありましたが、「異動して本当によかった」と心から思えます。
定年までの6年は、自分を「統合」する時間
私には夢があります。 定年を迎えたとき、会社の肩書きではなく、「自分の名前」でビジネスを成り立たせること。
25歳でのワーキングホリデー、派遣社員からの正社員挑戦、外資系でのサバイバル、2人の娘の育児、そして15年前のプリザーブドフラワー販売の副業経験。
これらすべての経験を、キャリアコンサルタントの知識と掛け合わせて、同じように悩む女性たちの力になりたい。
「二の足を踏んでいるあなた」へ
もしあなたが今、ハッピーじゃない環境にいて、でも「もう若くないから」と諦めかけているなら。
その違和感は、あなたを新しい場所へ運んでくれる大切なサインです。 54歳の私にできたのですから、あなたにできないはずがありません。
勇気を出して、自分らしいバランスを取り戻してみませんか?


