
初めまして。キャリアアドバイザーの さいとう ともです。
プロフィール
1970年代生まれ。
50代中盤、夫と2人暮らしています。娘二人は就職し独立しました。
国家資格キャリアコンサルタント合格(2025年12月)
現在、外資系企業勤務
50歳中盤。定年まであともう少し。 多くの人が「守り」に入るこの時期に、私は長年慣れ親しんだ(そして限界を感じていた)海外組織を離れ、未経験の部門へと異動する決断をしました。
かつての私と同じように、組織の若返りやグローバル化の波、あるいは拠点間の理不尽な格差に疲弊し、「あと数年、我慢するしかないの?」と自分に問いかけているあなたへ。私の歩んできた道が、一つの静かな答えになれば幸いです。
「正社員」という場所を求めて走り続けた日々
私のキャリアの起点は、ごく普通の「営業アシスタント」でした。 20代、オーストラリアでのワーキングホリデーを経験したことで、私の視野は大きく広がりました。スキー場での住み込みアルバイトなど、異文化の中で揉まれた経験は、今の私の原点です。
帰国後、大手商社で派遣社員として働く中で芽生えたのは、「やっぱり責任ある正社員として腰を据えて働きたい」という強い願いでした。 その一歩として選んだのが、外資系企業への転職でした。そこから、数社を渡り歩き、2人の娘を育てながら会社員としてのキャリアを積み上げてきました。
「副業」を経験したからこそ、見えたもの
2008年、私は本業の傍らでプリザーブドフラワーのネットショップを開業しました。 自分の手でアレンジを作り、お客様に届ける喜び。売上は順調に上がっていきました。一方で、本業が多忙になったため、私は一つの大きな決断を下しました。
「今の私には、会社員という働き方が合っている」
ショップを閉じる選択をしたのは、決して挫折ではありませんでした。自分が最も力を発揮できる場所はどこか、それを真剣に考え抜いた末の、誠実な選択でした。
54歳。理不尽を飲み込むのを、やめました
外資系組織に身を置き、シンガポール拠点の優遇や、拠点が違うというだけで届かない正当な評価に、心はすり減っていました。 「定年まで、このまま波風立てずに過ごすべきか」 何度も自問自答しました。
しかし、一度はお断りした「異動」の打診が、上司からの理不尽な言いがかりをきっかけに、自分にとっての「トランジション(転機)」だと気づかされました。
今の場所で、自分らしい最後の一節を書き抜くために
現在、私は日本の組織に所属し、日本人上司のもとで外資系企業で働いています。 54歳での新しい組織での挑戦。不安がなかったわけではありません。 しかし、2ヶ月経った今、心にあるのは深い安堵感と、自分の経験が正しく役立っているという静かな自信です。
もしあなたが今、組織の理不尽さに耐え、「今さら動くのは怖い」と足がすくんでいるなら、思い出してください。 キャリアの後半戦は、これまで積み上げてきた「点と点」を、あなたの手で繋ぎ合わせる時間です。
これまでのあなたの経験は、あなたが「自分の名前」で納得して歩むための材料になります。
定年までの時間を、ただの消化試合にしないために。 誠実に、そして戦略的に、あなたらしい「次の一歩」を一緒に考えていきましょう。
